五井野正博士によるゴッホと浮世絵の研究

 私が聞いた、五井野正博士の浮世絵の講演会は1994年の「写楽の真実」があります。全国で公演がおこなわれています。

写楽の真実 写楽の真実
講演会「写楽の真実」のパンフレット
 この中で歌川広重の東海道シリーズがどのように描かれたか解説されたと記憶しています。

歌川派は始祖 歌川豊春の弟子に初代豊国、豊広などがいました。
 東海道は、三代歌川豊国に大判の通称「役者東海道」中判の通称「美人東海道」があります。
広重の東海道と背景が同じものが あるのですが、初代豊国の弟子の三代豊国の方が、豊広の弟子の広重より弟子としては格が上なので、豊国が広重の模倣をする はずがなく、歌川派に原画があるのではという講演だったと思います。

熊谷真實 源義経
三代歌川豊国の役者東海道には背景がつながる絵がある
東海道五十三次の内藤枝 熊谷真實 東海道五十三次の内藤枝 源義経
筆助 初花
三代歌川豊国の役者東海道には背景がつながる絵がある
東海道五十三次の内箱根 筆助 東海道五十三次の内箱根 初花

 その原画を描いたのが、上方から来た写楽(本職は欄間師でその原稿を江戸に来る途中で描いてきた)ということでした。
時代としては美人画の最高峰に達した喜多川歌麿が幕府の贅沢禁止の方針からつかまってしまい、それが原因だなくなります。
その時、急に現われ、わずか数か月の活動期間できえたのが写楽です。
初代広重は実際には東海道を歩いておらず。三代広重が明治期にあるいたようです。
豊国の東海道の方がオリジナルに近いという証拠に「二川」をあげています。
広重東海道では看板の「カシハ餅」の餅の字があいまいに描かれいます。広重東海道は実際に見たとすれば不自然な絵があります。

広重 二川 役者 二川 美人 
歌川広重 東海道五十三次の内 二川 三代歌川豊国 役者東海道 三代歌川豊国 美人東海道

 


 

 インターネット上にある浮世絵とゴッホの関する記事は、すべて五井野正博士の浮世絵の研究がオリジナルです。
1995年10月に発行された藝術出版のには「ゴッホが愛した浮世絵と歌川正国展」の特集があり、その中の 『印象派の画家たちと「ジャポニスム」』で印象派の画家と浮世絵について述べています。

芸術倶楽部
「芸術倶楽部」Volume 10
「ゴッホが愛した浮世絵と歌川正国展」 「ゴッホが愛した浮世絵と歌川正国展」
   
この特集は1995年にロシアの国立エルミタージュ美術館で開催された「ゴッホが愛した浮世絵と歌川正国展」によるものです。

このあとプーシキン記念美術館、ノルウェーのオスロ、アメリカのバーミンガム、デンマーク、アルメニアなど世界の美術館で開催されたものです。
その図録によるとゴッホと浮世絵の研究が作品となっています。

 

エルミタージュ エルミタージュ日本語 プーシキン
エルミタージュ美術館 エルミタージュ美術館 日本語版 プーシキン美術館
アルメニア オランダ バーミンガム
アルメニア国立美術館 オランダ コペンハーゲン アメリカ バーミンガム

 

 

 2005年長野県大町市にオープンした「ゴッホの愛した歌川派(浮世絵)美術館(旧:ゴッホ夢美術館)の展示の中にも、 ゴッホ画の「タンギー親爺の肖像画」の背景に描かれた浮世絵の江戸オリジナルの浮世絵やゴッホの絵画の中に描かれた日本文 字の解読が展示されていました。
現在、大町市温泉郷にある「ゴッホが愛した歌川派(浮世絵)美術館」でもひきつがれています。

「ゴッホが愛した歌川派(浮世絵)美術館の案内」

 日本の浮世絵が印象派の画家達やヨーロッパ文化に大きな影響を与えた事は広く知られる様になりました。ヴィンセント・ヴァ ン・ゴッホ(1853-1890 オランダ生まれ)は生前多くの浮世絵をコレクションしました。 江戸時代の浮世絵界最大派閥といわ れた歌川派の浮世絵などおよそ400以上が現在もオランダの国立ゴッホ美術館に所蔵されています。浮世絵(木版画)は1枚 で1つの絵を成すものをはじめ、2枚又は3枚をつなげて1つの絵を成すもの、あるいは5枚、6枚やシリーズで作られたもの等 ありますが、ゴッホの収集していた浮世絵は、1枚もしくは2枚が欠けていたりしています。「一般財団法人歌川派門人会」は この浮世絵コレクションを同一絵柄の江戸時代の浮世絵で、世界で始めて完成させました。 ゴッホの研究家でゴッホの絵に描かれた日本文字の解読を世界で初めて行い、それを自らの絵「雨中の大橋上のゴッホ」として 表し、浮世絵と共に 世界三大美術館の一つロシア国立エルミタージュ美術館を始めとして 米国、ヨーロッパ等、十数ヶ各国で 展覧し、大反響を起こした歌川正国 画伯(本名 五井野正 ロシア国立芸術アカデミー名誉正会員 長野県在住)はゴッホが描 い た「雨中の大橋」と「花咲く梅の木」に書かれた日本文字を世界で初めて 解読しました。この2点の絵画に描かれた日本文字は 多くの研究者の間では、 ゴッホは装飾で書いたものであり、日本人が見ても意味不明と長い間論じら れてきました。しかし歌 川正国画伯の研究により解読されています。 ゴッホの作品「タンギー親爺の肖像画」の背景にはいくつかの浮世絵が描かれています。2枚の「タンギー親爺の肖像画」の背 景にある浮世絵の内、9枚が展示しています。また、その浮世絵が描かれた意味も解説されています。 また、ゴッホが弟テオ宛ての手紙3枚並べて飾るよう要望した、ゴッホ作品も歌川正国 画伯と歌川工房の模写作品によって3枚 並べて展示してあり、この作品にこめられたゴッホの意図をも解明しています。 歌川正国 画伯による「ゴッホの向日葵の復活」を読み、この美術館の展示をまわると、ゴッホの絵画をどのような意図で描いて いったがわかるような気がする。